旬刊経理情報連載記事


事例でみる企業不祥事とその対策
第1回 今の経済社会での本質的な問題

媒体名:中央経済社「旬刊経理情報」P57 (2008.12.01)

新日本有限責任監査法人
CSR推進部長 パートナー 公認会計士
大久保 和孝

今の経済社会を一言で言い表すと、無知にして形式主義が蔓延し、社会全体が思考停止状態に陥っているといっても過言ではありません。たとえば、メディアは「賞味期限」、「消費期限」といった用語の用法もあいまいなまま、事件の背景を究明することなく特定企業に対して一方的な社会的な批判を展開し、当該企業の事業が立ち行かなくなるまで追い込みます。言うなれば、社会そのものが、物事の本質や背景を考えることなく、メディアの一方的な報道に世論が流され、そこでの風向きで、社会の価値判断が形成されている側面が否めません。

その一方で企業は、社会からの批判を恐れるあまり、何か問題があったとしても言い逃れすることばかりを考えます。仮に、問題が生じても、現場の実態を直視し、根本的な原因究明をすることなく、形式的な用件を整備するためのコンプライアンスや内部統制などの体制構築に腐心し、マニュアルや規則等を揃えることばかりに関心をもち、「法令順守の徹底」を叫びます。そのため、ひとたび問題が露見すると、これまで見て見ぬふりをしてきた現場の実態などの臭いものに蓋をしていたものが一気に噴出し、発端は局所的な問題であったとしても、瞬く間に組織全体の問題として波及し、壊滅的な社会批判にさらされることがあります。そして、一度不祥事を指摘されると、ただでさえ社会批判により従業員の士気が下がっているところに、さらに、実態を無視した形式的なルールを強化して一方的に押し付けることは、現場のモチベーションを著しく阻害させる要因になりかねません。いうなれば美辞麗句やスローガンばかり並び立て取り繕うことで、経営者による言行不一致が露見化し、負のスパイラルに陥り、組織として致命傷を負うのです。

このような社会構造を作り出した要因は、3つ考えられます。1つ目は、先導的な役割を果たすリーダー(管理職以上役員を含む)を養成してこなかったため、「瑣末な専門家の知識の脅威にさらされ、古典や哲学に親しみ、自主的にものを考える人間がいなくなった」というシカゴ大学・ハッチンス総長に指摘されるように、大局的視点にたち物事の本質を見抜き、自主的にものを考えようとする人材が減ってきてことです。2つ目は、外来の経営用語が増える中、適切な日本語訳がわからないと、カタカナ表記や安直に和訳するなど、「日本語」という言語を喪失したことです。“コンプライアンス”という言葉を安直に「法令順守」と訳したことが、経済社会に大きな弊害をもたらしたことは自明のことです。3つ目は、高度経済成長期における成功体験が呪縛となり、急激に変化する社会環境への迅速かつ十分な適応ができず、社会に対するセンシティビティ(感受性、鋭敏性)を喪失していることです。

企業経営において最も重要なことは、形式的用件を整備することよりも、組織全体で共通して持つべき価値観を再認識したうえで、構成員一人ひとりの社会に対するセンシティビティを高め、そこで認識された現場の実態を経営者自身が直視することで、それらの問題意識について、組織全体として共有化し、課題解決にあたる組織風土を醸成することで、急激に変化する経済社会に対岐することです。そのためには、センシティビティを高め自主的にものを考えられる人材を1人でも多く輩出させることです。人材育成なくして、コンプライアンスや内部統制などの取組みの実効性を高め、急激に変化する社会環境変化への適応をはかることはできません。

本稿では、最近話題となっている、具体的な経済事件を取り上げながら、それらの問題が生じた背景を探求し、社会に対するセンシティビティを高めることで、今後の企業経営のあり方を論じてみたいと思います。


生き残るのは最強の種ではない。最も高い知能を有している種でもない。最も敏感に変化に反応する種である。
チャールズ・R・ダーウィン

コンプライアンス, CSR, 環境の新日本サステナビリティ研究所

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