旬刊経理情報連載記事
事例でみる企業不祥事とその対策
第3回 インサイダーリスク要因と対応
媒体名:中央経済社「旬刊経理情報」P25 (2008.12.20)
新日本有限責任監査法人
CSR推進部長 パートナー 公認会計士
大久保 和孝
なぜ、最近になってインサイダー事件が頻発するのでしょうか。今やインサイダーを行うことは社会的に許容されるものではないことは明白です。しかし、これまでの証券市場の歴史を考えると、「早耳筋」という業界用語に代表されるように、社会通念上、必ずしも否定されてこなかったことも事実です。自社の従業員によるインサイダーを実質的に防止させるための鍵はここにあるのです。
わが国では戦後まもなく証券市場が整備されたものの経済復興・高度経済成長を支えてきたのは、証券市場を中心とした直接金融よりも銀行主導による融資を中心とした間接金融でした。このような歴史的な経緯の中、わが国では、証券市場は、「当たるも外れるも八掛」と博打のイメージがもたれ、一般庶民には近寄りがたく、そこでは限られた関係者(プロ)間でのみ取引する特殊な場とされてきました。プロ同士がお互いに騙しあいをする限りにおいては、一般庶民を巻き込むものでもなく、経済社会全体としても、暗黙の了解として黙認されてきたことも事実です。
しかしながら、1990年代に入り、銀行破たんをきっかけに金融ビックバンが起こり、経済社会の中心的な役割が、間接金融から直接金融に移行するなど社会構造が劇的に変化しました。証券市場も一般庶民に開放され、主婦や学生(=アマチュア)までもが株式投資を始めるようになりました。その矢先にプロがアマチュアを騙すという、社会的・倫理的に許されない行為が発覚しました。それが、「ライブドア事件」です。
ここで留意しなければならないのは、法令違反をしたということよりも、プロがアマチュアを騙すという社会的価値観に反した行為が露見化したことで、これまで黙認されてきたことでも社会批判を巻き起こし、企業の社会的信頼を大きく失墜させたことです。
その一方で、インサイダー事件がひとたび発覚すると、当該企業は関連する諸規則等を従来よりも厳しいものとし、従業員に対する徹底した研修を行うことで事態を収束させようとします。しかし、これまでも法令上も禁止されていながら実質的に経済社会の中で黙認され横行されてきた行為を、一方的に規則を強化しても「俺には関係ない。あいつは運が悪い。」と言わんばかりの対応をとる従業員も出てきます。このような従業員を改心させることなく、いくら規則や研修を強化しても、経済社会が劇的に変化している状況下では、同様の事件を再び起こす可能性が懸念されます。もし、再びインサイダー事件を起こせば、いくら個人的な要因によっていたとしても、当該企業は徹底的な社会批判を受け、著しく社会的信頼を損ない、致命傷を負う可能性が高まります。
そこで大切なことは、金融商品取引法166条違反への理解もさることながら、まずは、従業員に対して経済社会の急激な変化を気づかせることです。法令規則の背後にある、社会環境の変化を従業員に理解させ納得させることで、意識そのものを根底から変えさせなければなりません。過去の経緯や現状の従業員による株式取引の実態を直視したうえで、従業員が社会の環境変化を納得・理解できるような研修プログラムをいかに立案できるかが鍵を握ります。そして、時間こそかかりますが、地道に繰り返し、従業員へ理解を求めていくことこそ、再発防止策に最も有効な手段となります。小手先の規則の強化やe-ラーニングのような形式的な知識研修だけでは、過去からの慣習に基づく行為を改めることはできないのです。現場の実情にあった、実質的に効果のある再発防止プログラムを立案しなければなりません。