媒体名: 日刊工業新聞 29面 (2008.12.16)
記事PDF版はこちら (67KB)
05年に発生したJR福知山線の脱線事故の際に、当時、負傷者が搬送された一部の医療機関が、被害者の家族による肉親の安否の問い合わせや報道機関に対して、個人情報であることを理由に、患者情報の回答を拒絶した問題がおき、大きな議論を呼んだ。
そもそも、個人情報保護法は何のためにある法律なのか。
情報化社会の進展に伴って、個人情報の利用価値が高まった反面、プライバシー侵害への危険性や不安感が増大し、個人の情報が勝手に他人に渡ることで不利益を蒙(こうむ)りかねない者を保護する必要性から、個人情報を取り扱う事業者に情報の管理や保護を求めた。
脱線事故当時、メディアを通じて悲惨な事故を目の前にした近隣住民の多くが、自分の肉親も事故に巻き込まれたのではないかと心配するなど、被害者に関する安否情報の確認を行うことが社会から強く求められていた。一部の医療機関が患者情報を開示しなかったことは、社会からの要請や期待に反した対応と言わざるを得ない。
同法第23条第1項第2号には「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」例外的な取り扱いに関することが規定され、緊急事態が生じた場合には、必ずしも本人の同意がなくても個人情報を第三者へ提供することを禁止していない。
医療機関側の対応は過剰反応であった。しかし、単に担当者の法令への誤解や過剰反応が問題だったのか。昨今、チェックリストを含め、あらゆる規則が定められ規則が増えるなか、現場で業務を行う従業員が、全ての規則を念頭においた行動をとることは現実的ではない。ましてや、「但し書き」に関する規定など日常的ではないことまで理解し瞬時の対応を求めることは、法律の専門家ならまだしも無理がある。
しかしながら、情報漏えいされては困る個人を保護することを目的として定められた立法趣旨と、当時の社会環境を踏まえた行動をとることができれば、細かな条文を知らなくても適切な対応ができたのではないか。「個人情報にあたる医療情報は他人には回答をしてはならない」という中途半端な法知識が念頭にあったことがかえって過剰反応を招いた。
法律の専門家でもない多忙な業務を抱える現場の従業員に次々と法令の規則要件を理解させようとしても、いくら優秀な従業員でも限界がある。しかも中途半端な法知識は、かえって社会からの期待や要請に反した行動をもたらす。
コンプライアンス教育において大切なことは、法令の規則要件を覚えることよりも、まずは、立法の趣旨やその背後にある社会からの期待や要請を正確に理解することだ。
法の背後にある社会からの要請を捉えつつ、規則要件に対応していくことで、組織全体として社会の期待に応えていくことを可能とする。