CSRを新たな価値創造の場に
大八木

いま、私どもは、構造改革の中で色々な事業を整理していますが、その中で残っていく事業は、すべて社会貢献に通じる高機能事業です。大きくまとめると1)グリーンケミストリー、2)ヘルスケア、そして3)両者の融合領域の3本立てになります。グリーンケミストリーとしては、原料や製品の分野で、環境フレンドリー、安全・安心、省資源、省エネ、低炭素などのコンセプトがあげられます。繊維、フィルム、樹脂などの素材事業群で「脱石油」の循環型ビジネスを構築したいと考えています。現在、社会の中で使われているものでも、こうしたコンセプトに反するものはできるものから変えていきたいと思います。当然ながら生産プロセスも変わるでしょう。一種の社会変革を起そうというわけです。
大久保
価値創造の事業体というのは、素晴らしい言葉ですね。御社では「エコサークル」という循環型のリサイクルシステムも展開していますが。
大八木
使用済みの衣料品の90%はゴミとして扱われ、これまでは焼却または地中に埋められるだけでしたが、ケミカルリサイクル技術を核としたポリエステルの循環型リサイクルシステムでは、石油からつくる製品と全く遜色ない品質に再生できるため、繰り返しリサイクルできるようになりました。石油からポリエステル原料をつくる場合と比較して、エネルギー消費量で84%、CO2排出量でもリサイクルされずに焼却される場合と比
べると77%の削減ができます。将来、グリーンケミストリーが具現化していけば、原料そのものを植物由来に移行することもできるはずです。こうした取り組みで社会に貢献し、企業価値創造に結びつけていきたいと思います。
大久保
現状において、選択的CSRの中における、社会貢献のテーマの選び方というか、なにか基準がありますか。
大八木
グループ共通のプログラムとしては、「環境」「社会教育」「国際交流」に関わる活動を基本としていますが、個別の案件に明確な基準があるわけではありません。大災害が起きたら支援金・義援金を出しますし、コンセプトは決まっていますので、自然に決まっていくというところもあります。
大久保

社会貢献への取り組みを体系化して事業のコアにもっていくような価値創造につなげられたらよいですね。CSRへの捉え方も随分、変わってきているようですが、やはり、海外の企業と合弁事業により、海外から新しいCSRの風が入ってきたことがポイントでしょうか。
大八木
海外の社会貢献に対する基本的な考え方の根底には、キリスト教文化に影響を受けていると思われる「寄付文化」があるのではないでしょうか。アメリカでは、大学もオーケストラも寄付で運営されています。災害があれば、即座に多額の寄付がでます。それも国をあげて行うわけ
です。グローバルに展開する以上、日本人もこうした文化を受け入れ、積極的に社会問題への対応に関わっていく必要がありそうです。
外部の声をとおして経営改革を前進
大八木

グローバル化はアメリカやヨーロッパ以外でも進んでいますが、さまざまな投資案件にはカントリーリスクがつきものです。弊社でもこれまでの経験から変化に敏感な体質が形成されてきました。最近は4つの面で大きな変化があると感じています。1つは投資家の体質が変わってきたこと。海外の投資家と接しますと、「民主党政権をどのように見ているか」「CSR活動ではどういうところに力を注いでいるか」といった質問をよく
受けます。収益以外のSRI(社会的責任投資)的な投資基準が大きくなっているのです。SRIはリスクに遭遇して大損をするというようなリスクの回避の役割もあるのではないでしょうか。当社では、SRIインデックスの獲得に努めており、「ダウジョーンズ・サスティナビリティー・インデックス」「フィナンシャルタイムスSE4Good」「エティベル・サスティナビリティー・インデックス」「モーニングスター社会責任投資指数」などに採用されました。また、CSRの活動についても環境省他の「コミュニケーション大賞・持続可能性大賞」や、東洋経済新報社の「サスティナビリティ報告賞優秀賞」を頂
戴しました。そういう意味では、株主価値を高める観点から、投資家の行動が、近年ますます変化しています。現在は、経済環境も悪く、若干影が薄れている部分もありますが、この観点は外すことができない重要な点だと考えています。
大八木
ありがとうございます。2つ目はお客様の企業を見る目が変わってきたことでしょうか。日本のお客様もCSRに対する関心が高まっています。スーパーに行くと中国製の野菜が山積みになっていますが、わざわざその横にある国産の高い野菜を買う人が少なくありません。例の餃子事件のあとはその傾向が一気に高まったように思います。CSRの価値観が社会に投影されているわけです。不祥事を起こせば、社会の指弾に遭い、倒産などということもありうる状況だということです。3つめは従業員や学生さんの企業を見る目が変わってきたこと。学生さんはCSRの評価が高い企業を選ぶ傾向にあります。収益が高い、特許をたくさん持っているなどということよりも、CSRが評価されているのです。家族や友人に対してもプライドをもてる会社かどうかという観点が強まっています。4つめは社員から企業を見る目も重要ですから、最近では社員が自分の立場を損なうことなく、内部告発できるようにしています。社内外の組織を利用した数種類の通報制度を設けています。
リスクを明らかにし、透明性を高める
大八木
こうした社会の変化に対応し、企業に対して高い透明性が求められるようになり、自ら情報を発信していく経営のスタイルが求められています。こうした変化はこの5年ほどの間に生まれたものです。私どもも社内で規程や基準を定めたり、いろいろな仕組みをつくったりしていますが、これらを動かす組織やメンバー、システムのあり方そのものの充実を迫られています。
大久保
大変説得力のあるお話です。CSR活動を経営と一体となって取り組むことは、不可欠なことと思います。
大八木
私どもでは、コンプライアンスやESH(環境保全、安全・防災、健康)の違反事例についても、CSR報告書に包み隠さず表記するようにしています。こうしたことでつまずきますと、5年とか10年の業績後退にもつながりかねませんので、そうならないよう、問題解決に導くための工夫や仕組みづくりをしているわけです。最近では社内の懲罰も厳しくしています。
大久保
これまで日本企業はなかなかマイナス情報をオープンにしませんでした。
大八木
単に「やります」「やっています」だけのCSR報告書ではなく、「こういう失敗をしました」と表明することも重要であると……。私どもは理念や方針だけでなく、その年度にどこまでやるのかという計画もつくっています。さらに、それを自己評価するだけでなく、有識者など第三者に意見をいただいたり、ステークホルダーダイアログを通じて外部の声を取り入れ、同時にPDCAも回しています。
大久保
そういった第三者からの指摘は経営にどのように反映されているのでしょうか。
大八木

次年度の取り組みや中期計画の活動方針に取り入れられています。「今年のCSR活動として何に取り組むのか」について、コーポレートオフィサーが計画を作成し、年度末にはきちんとフォローします。CSR活動は、最終的に損益に影響を及ぼし、貸借対照表にも反映されるものだと思いますので、コアの事業活動として位置づけています。確かに、現状は倫理的な社会貢献活動という側面が強いことは否めませんが、ゆくゆくはすべての事業活動をCSRの視点で再整理したいと思っています。
大久保
マイナス情報を積極的に開示してよかったと思うことがありますか。
大八木
社員自身が社内で起きていることを正しく把握できるようになったことでしょうか。帝人グループがさまざまな取り組みにどのように対処しているかがオープンになることで、社員一人ひとりが課題をきちんと認識できるようになります。つまり、PDCAのサイクルが回るきっかけづくりということでしょうか。
プロフィール
大八木 成男 (おおやぎ しげお)
帝人株式会社 代表取締役社長(CEO)
慶應義塾大学経済学部卒業。1971年帝人入社。化学品開発部、米国留学を経て、医薬業務部、医薬営業企画部、東京支店など長きにわたり医薬事業に従事。1999年執行役員、2001年常務執行役員、2002年専務執行役員、2003年医薬医療事業グループ長 兼 帝人ファーマ(株)代表取締役社長、2005年常務取締役、2006年専務取締役を経て、2008年6月より代表取締役社長(CEO)に就任(現任)。そのほか、2009年7月より日本化学繊維協会会長(現任)。
大久保 和孝 (おおくぼ かずたか)
新日本有限責任監査法人 CSR担当
パートナー(公認会計士)
新日本サステナビリティ株式会社 常務取締役
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学150周年記念事業福澤文明塾プログラムアドバイザー、独立行政法人ガバナンス検討チーム委員(内閣府)、国内排出量取引制度検討会委員(環境省)、公的研究費の適正な管理に関する有識者会議委員(文部科学省)、情報セキュリティガバナンスWG(経済産業省)、建設業における内部統制のあり方に関する研究会委員(国土交通省)、京都クレジット等取引所研究会委員(東京証券取引所)、調達に関する第三者委員会委員(沖縄科学技術研究基盤整備機構)横浜市コンプライアンス外部評価委員、不二家信頼回復会議対策委員、 社会的責任経営委員会副委員長(経済同友会)など、複数の行政・企業のCSR、コンプライアンス委員会委員として参画。そのほか、早稲田大学非常勤講師、複数の財団法人やNPO/NGOの役員に就任。