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富士ゼロックス株式会社相談役特別顧問
有馬 利男 氏(写真上)
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新日本有限責任監査法人 CSR担当パートナー(公認会計士)
新日本サステナビリティ株式会社 常務取締役
大久保 和孝(写真下)
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企業トップとしてのCSR
理念に導かれて
大久保
富士ゼロックスは、CSRについて、我が国企業の中でも、先進的な取り組みをしてこられました。長年にわたって経営に関わってこられた有馬さんが振り返るとどういうことだったのでしょうか。
有馬

当社には、「我々のビジネスの目的は、コミュニケーションの改善を通じて人間社会の相互理解を促進することである」という創業時から掲げてきた理念があります。その考えに共感して私自身もこの会社に入りました。振り返ると、この理念に導かれて、ずっとその軌道の上を歩んできたように感じます。
私どもの会社では、80年代末頃からニュー・ワーク・ウェイ(New Work Way)「新しい働き方を考えよう」という全社運動を開始しました。今でいうダイバシティー(人種・国籍・性・年齢を問わずに人材を活用すること。多様性とも訳される)やワーク・ライフ・バランスの考え方に近いものです。その中から「よい会社とはどのようなものか」というテーマがでてきて、それが「よい会社」とは、“強い会社、やさしい会社、面白い会社”の要素が統合されたものである」という考え方を生み出しました。わが社の経営トップだけでなく、ミドルマネジメントも含めたリーダーたちはこうした議論を真剣に繰り返し、社員もそういうことを自然に受け止めるという企業風土ができていったのではないかと思います。
大久保

経営者の多くがCSRは大事だと語ります。理念も大事だと……。ただ、経営者が理念を掲げるだけでは本当のCSRにはなりません。そこで働く人たちがそのような気持ちを持たないといけません。時間をかけて経営理念に基づきながら、社会視点に立った企業風土をつくっていくことこそが、CSRだと思います。
経営の試練と向き合う
有馬
私自身は、2002年から2007年の間に社長を務めました。そのときに考えたのは、企業の社会的な責任を大切に思いながらも、一方で業績を求めなければならないということです。2003年から2006年にかけて非常に厳しい経営変革を行いました。私どもではリストラという捉え方をしませんでしたが、経営の足腰を強化するために思い切った変革が求められていました。社会性や人間性といっても、企業の足腰が弱くては実行できません。それどころか市場から退場を余儀なくされることだって有り得ます。そんなことになれば全員の不幸です。強い足腰の企業像を描き、現場に出かけて社員と話をしたり、人事やミドルマネジメントに対しても「なぜ改革が必要か」という問いかけを継続しました。
有馬
私は理念やビジョンと経営哲学を分けています。理念やビジョンは目指すべき方向であり、経営哲学はそこに向かっていく心構え、行動、考え方を全社員の心の中に据え付けていくものだと思います。私の後ろには社員4万人とその家族がいるわけです。生半可な気持ちで経営はできません。しかし、私だけがそう思っても何も変わりません。CSRは経営そのものです。全社員がそのような哲学を共有して、経営の中にCSRをきちんと位置づけないと、浮ついたもの、きれいごとに終わりかねません。
全員で確認した“企業品質”
大久保
経営の決断にはどのようなものがありましたか。
有馬
2004年の後半から国内工場を閉めて中国に持っていくことや、販売チャネルを切り替えて子会社に移し、従業員にも移籍してもらうことなど、多くの厳しい施策を行いました。当然ながら社内からは「何のためにこんなことをやるのか」経営のビジョンを明確にすべきだという声が数多く寄せられました。2004年の後半から半年くらい社内で議論しましたが、そこで生まれたのが「企業品質」という考え方です。この言葉そのものは富士ゼロックスが1980年にデミング賞を受審したときにできた言葉です。デミング賞はTQCの考え方が基本にあり、「商品の品質→仕事の品質→人の品質(能力や心構え)」と上流にさかのぼりますが、その最上流に「企業の品質」を位置づけました。当時の小林社長のリーダーシップの中から生まれた言葉ですが、ステークホルダーとの関わりが中心のテーマでした。
今回、新しい議論の中から、もう一度「企業品質」という言葉を経営の中に据え付けなおしてみようということになりました。
企業の責任は、よい商品をつくって、お客様に喜んでいただいて、税金を納めて、配当を出してということだけではありません。これも大事なことではありますが、経済性という柱だけではなく、社会性、人間性というものが一緒にならないといけません。私はこの考え方を「経営哲学」と位置づけました。理念やビジョンを実現するための経営の基本的な考え方という位置づけです。社会性・人間性を経済性の中に埋め込んでゆく、この三つの軸はしばしば相互にコンフリクトを起こしますが、それを統合的に追い求める厳しい努力の中から、新しいイノベーションが起こってくるという考え方です。